ueichiの雑記帖Ⅱ

サッカーを通して様々な人と関わる毎日をつれづれなるままに・・・

5月 にゃんこ受難

5月は多忙の極みで
連休後は全くにゃんこと遊べす。かわいそうだったよ。
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7日(月)、8日(火)夜は住民懇談会
9日(水)は青少年健全育成会議であいさつ
10日(木)は朝5時に家を出て塩尻発6時17分のあずさに乗って東京へ10時からの総会に滑り込み、終日研修の後、夜は東京泊
11日(金)午前中ひきつずき会議出席の後、新宿発12時の特急に乗り塩尻へ、夜は塩尻市内で女子サッカー指導者の集まりに参加して、佐々木ナデシコ元監督とも懇談させていただき、塩尻泊、
12日(土)朝7時にホテルを出て上松に戻り、9時から昼までの会議に出席し、午後はサッカー部の指導をした後、18時から県社会人バレーボール関係者と懇親会をして、
13日(日)は5時30分からの消防の訓練を視察し、続いて午前中は社会人バレーの県大会を視察、午後はプールのオープンイベントを行った後、サッカー部の練習。
14日(月)夜は住民懇談会、
15日(火)は主幹指導主事の学校訪問に同行し
16日(水)は臨時議会で小学校改築予算の説明をして
17日(水)18日(木)また東京に出張し、ITソリューションエキスポを視察。
19日(土)20日(日)は菅平へ登ってサッカー部の指導
21日(月)午後は郡の社会教育主事総会であいさつし、夜は住民懇談会
22日(火)夜住民懇談会
23日(水)午後は御嶽海後援会役員会に出て、夕方は中学校部活支援会議、引き続き住民懇談会
24日(木)午後は障がい者支援瀬インター開所式であいさつして、
26日(土)は小学校運動会で祝辞を述べた。
27日(日)は午前中サッカー部のトレーニングマッチに帯同し、午後は総合型スポーツクラブの総会で祝辞を述べ
29日(火)は午前、午後それぞれ会議で
30日(木)午後は地区に住んでいたお年寄りの葬儀に出席し、夕方からは会議に出席
31日(木)午後は会議、夕方から夜は学校長・教頭との懇親会で1月を締めくくった。

この中に
本当に自分がやりたかったことはほんの少ししかなく
ゆえにとてもストレスのたまる毎日
人間、生涯勉強だから、まったく無駄とは言わないが
あまり幸せではないような気がする。
色々やらせてもらうことに不平不満を言うのも贅沢とは思うが
どうしても処理しきれない感情が残る。

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サードブック贈呈式

ダウンロード
わが町では生後7か月の子供にブックスタート
小学校1年生にセカンドブック
中学1年生にサードブック
として好きな本をプレゼントしています。
数冊の候補の中から好きな本を選んでもらうのだけど
今年は4人に1人くらいが「君たちはどう生きるか」を選んでいました。
中学生への贈呈は筆者から。
サッカー部員もたくさんいるので、一人ひとり顔を見ながら贈呈してきたよ。

あいさつ
皆さんには
たくさん本を読んでほしいので、上松町では4年前からこのサードブックの事業を行っています。
なぜ本を読んでほしいかというと
読書は皆さんの脳を活性化し、考える力や、コミュニケーション能力も高めることがわかっているからです。

なぜ読書をすると脳が活性化するかというと
たとえば
「春になって今年もきれいな花が咲いたよ」って
書いてあるのを読むと
春って言葉から暖かさを
花からは、何色なのだろう、黄色い水仙?、ピンクの桜?
などを想像し、もしかすると土の匂いなんかも感じる人もいるかも

また、読み方が、声を出して読む音読でも、黙って読む黙読でも、目で見たものを頭の中で音声にして考えるからすごくたくさん脳を動かします。

本を読む習慣がついている人は今まで通り、あまり読書が好きでない人はこの本をきっかけに、月に1冊くらいは読んでほしいと思います。どうか本に親しむ中学校生活を送ってください。

R.J.パラシオの本



ワンダー

フィクションなのに、久々感情移入して・・・

最初から、オーガストがジャックに裏切られるような気がして
ドキドキしながら読んでいたら
106ページでやっぱり裏切られ悲しかった。

この流れでサマーにまでひどい仕打ちを受けたらどうしよう?
と、さらにドキドキしたけど、サマーはずっと味方で良かった。

ジャックとは229ページで仲直りしてめでたし。

色々あって、
味方が徐々に増えて
最後はハッピーエンドで救われたよ。

心に残ったフレーズ
「だれも傷つけずに中学時代をすごせたら、ホントにイケてるじゃん。」

「見すごしてきた、たくさんの美しいものを。
忘れていた、人生は自ら探し求めるものだと言うことを。」

ジャンルは児童書だから
中学生にはぜひ読んでほしい。
そして
思いやりを忘れがちな大人にもぜひ。

uramenn


還暦祝い?

赤備えB
60歳の誕生日をを迎え
 若いころは60歳なんて凄いじいちゃん・・・と思っていたけど、自分がなってみるとそんなに捨てたもんでもないかも?
 しかし、昨年還暦祝いで開催した同窓会の集合写真(日程が合わず自分は写っていない)を初めて見たときは「どこの老人クラブだ?」と感じたことを思い出し、まあそれなりに年取ったなーという実感も無いでもなく・・・

 今年は戊戌(つちのえ・いぬ)12年前は丙戌(ひのえ・いぬ)その前は・・・
 干支は十干十二支(じっかん・じゅうにし)で構成されており、仕組みは良く解らんが、この組み合わせは全部で60通りあって、つまり生まれ年と同じ干支が巡ってくるのは60年後ということだそうで、だから還暦というらしい。
 一周して0に戻るので赤ちゃんのお祝いになぞらえ、赤いものが贈られるのだとか。生まれ変わったつもりで頑張れということか?赤子に戻ったつもりで我儘になっていいと言うことか?

 還暦とか自分ではまったく意識もしていなかったが、職場の人たちからサプライズ。赤備えのグッズとケーキでで誕生日を祝っていただき、穏やかな人間関係が築けていることに感謝。
 世の中に生かされてる感をひしひしと感じることが出来て誠にありがたい1日でした。

とりあえず再開

役職が増えてしまった7月以降、とにかく時間が無くなり
いろいろを落ち着いて行うことが出来なくなってしまった。
11月に僅かながら人員の補充があったので自分の受け持っていたものを
少しずつ部下に割り当て、仕事面はちょこっと見通しがついた。

どんなに忙しくてもサッカー指導にかける時間は確保してきたつもりだが
この状況がまったく影響が無かったかといえば、そうではなく
細かい部分の詰めはどうしても甘くなってしまった。

やりたいことを貫き通すことが出来ないのは本当に不幸なことだと感じているが
この制約も将来への投資と考えもうしばらく頑張るつもり。

チームは外サッカーもフットサルも県大会で満足な成績を残せず不完全燃焼的な1年で、新人戦も似たような流れを断ち切れないでいるのだが

そんなチームでも3年生選手個々にはそれなりの高校からオファーがあり・・・
誘われるままに行くと苦労するなァ と思いつつも
少しでも高いところで頑張るよう背中を押している。
後は本人の頑張りと家族のバックアップ次第。

卒業生はとにかくプレーを続けてくれれば、後は自動的に伸びていくようにセットアップしてきたつもりなので自信を持って次のステージに上がってほしい。

好きなだけサッカーができる若者たちが羨ましくもあり、また妬ましくもあり
もっと打ち込めばいいのに、中途半端な取り組みにおわっている彼らに残念な思いを抱きつつ・・・
日々忙しくある自分にも、残念ながらそれなりの充実感も感じながら日々精一杯で
こんなことで精一杯になるとは予想していなかったが
現実は肯定しないと幸せが逃げるのでいやいやながら認めることにしている。
精神的には若返っているのかもしれない。

最近

以前はこんなことなかったんだけど
最近他人に対して
 『こいつ死ねばいいのに』 と
かなり明確に、鮮明に、本気で思うことが多くなった

以前は自分の感情をオブラートに包むように
抑えることが出来ていたのでけど・・・

年を取って
いろいろがシンプルになってきた結果なのかと思っている

人を呪うような感情は自分の心にも毒が回るので
宜しくない傾向なのだが

混とん・不安定な環境で力を発揮するタイプだと自認しているので
なんとなくこんな心模様に楽しみを感じている。
健康には良くない。

先輩のことば


いちばん大切なのは根性
どんなテクニックよりも
センスよりも
必要なのはまず根性

でも
この一番大切な根性は
沢山の練習を積み重ね
沢山のチャレンジをして
沢山の失敗をしないと
身に付かないのだ

本物の根性が手に入るころには
本物のテクニックもついている
本物のセンスも磨かれている

多くの先輩たちも泣きべそかきながら
やっと手に入れたのだ
世の中 泣かないと手に入らないものばかりだよ

僕たちみたいな普通の人が
何かを手に入れるということは
そう言う事
たぶんお父さんやお母さんも
泣きながら笑ってる
笑いながら泣いている

もちろん僕もごまかしながら少しは泣いたよ
そしてこれからも・・・
だから楽しい

お買いもの

合宿所の半自炊の合宿生活が始まり
いろいろとほしいもの(ぴょん吉に炊いてもらう無洗米の美味しそうなやつなど)があったので
久しぶり・・・消防やお祭の団体活動を現役でしていた頃以来・・・だから20年ぶりくらいに
食品スーパーでお買い物をしました。

悠々自適の単身生活を楽しんでいる筆者は
ここ数年食料は姉に買い置いてもらったり
せいぜいコンビニのカット野菜やハムを買う程度で
まったく生活感のない日々を送っていたのですが

買い物って楽しいね
美味しそうなものがあると
すぐに籠に投げ入れたくなるのを我慢しながら
だいぶ我慢しながらですが
それでもこんなに沢山誰が食うんだというくらい食糧を調達して来ました。

レジ通るのは面倒で
列の前のお客の山のような買い物に少しイラつきながら
でも、こういう感情も久しぶりだなと楽しくなり

有機的というか
無機質でないというか
久々に人間らしい?時間を満喫しました。

問題は好きなものばかり買ってくるので
本日も寿司とステーキという
体に悪そうな夕食になってしまったこと。

こういう生活もそのうち飽きて面倒になるものと思うのですが
試合にも勝ってるし今はとても楽しいので
不健全な食生活にも今少しの間目をつぶることにしています。

体調不良につき

久しぶりに風を引いてしまい
先週木曜日はついに半日寝込みました。
午後からは大切な会議があったので
午前中だけ休養して
10時頃這うようにして
普段痛風でお世話になっている町の医院へ

受付で「熱はどうですか?」と聞かれたので
「少しあります」と答え
「じゃあ体温測ってくださぁい」と言われ体温計を渡されたので
測ってみたら37.2度
「はい出ました」と体温計を渡したら
「ああ・・平熱ですね・・イチロウさん・・・」
医院もすごく混んでいたのですが
あたかも受診の必要なしみたいに言われガックリ

「おらは平熱低いから微熱でも苦しいの!!」と言って
半分笑われながら受信しました。

「痛風以外で来るの珍しいね。一応インフル検査もするね」
と先生に言われ
鼻の穴に痛い綿棒を突っ込まれ
念のため痛い注射もやさしくしていただき
何とか一番苦しいところは抜けましたが
まだ体調は不良
ちょっと悲しい週末です

安全運転適性診断

職場で行なった(嫌々やらされた)
運転適性診断の結果が届きました。

判定値はなんと5段階評価の「5」最高値でした。
状況判断力に問題なし。じっくりと周囲を見て、慎重を期する安全運転が実行できる素地は充分。という評価です。
各項目の評価ポイントは概ね高値安定で気分良好
たぶん嫌々やったのが良かったのだと思います。
そして、嫌々やったのに結果を見て喜ぶ自分が愛おしい。
人間って身勝手なものです。

笑えるのは
唯一のマイナスポイントで
「神経質傾向」の判定値
これが5段階の「5」
つまりアンチ神経質度ナンバーワンで

自分自身でも
おおらかで、細かいことにこだわらない面も多少はあると認識していたのですが
(基本的には神経質であると思っています)
まさか最高値とは・・・?
心遣いにかけ、大雑把すぎ、無頓着、周囲への気配り不足を感じさせる。という判定でした。

運転だけでなく普段の生活もマイペース傾向ではありますが
普段、周りにはかなり心遣いしているつもりだったので
あれれ?これ以上どうやって気遣いすればいいの?
と数人に話をしたら
総じて
いつどこで気遣いしてるつもりよ?という回答でした。

人生はなかなか奥深いものです。

クリスマスに思ってしまった

12月は今まで経験した事が無い空虚な作業に忙殺されてしまいました。
忙しかったなー。

平成27年4月から施行されるであろう
子ども子育て3法に対応するため
町条例を4本制定し、1本全部改正して2本を廃止しました。

新法は、主には都市部で問題になっている保育所の待機児童解消のための法案で
毎年、定員120名に対し100名程度の応募にとどまる
当町保育所事業にはあまり関係が無いのだが
それでも条例制定が義務付けられているためこの空しい作業が必要でした。

サッカートレーニングは8割以をネイに任せて
日々膨大な時間を、条例策定と議会での説明に必要な資料に時間を費やし
19日の町議会で我ながらかつてないほどネチッコイ提案説明をして
ようやく一連の空虚な労働が終了しました。

国の意図は、消費税増税で得た財源を、子育てのための幅広いサービス・・・
主には『子供を安心して施設に預けて働くことができる仕組み』
を作ろうとするものですが

小さな子どもは親が自らの手で育てた方が良いわけで
せっかくの財源を保育施設などの社会サービスに投ずるより
子育ての必要な家庭に直に現金で渡した方が合理的に思えるワケで

子どもが一定の年齢になるまでは
『働かなくても子育てに専念できる仕組み』の方が良くないかい?
と思いながら虚しく仕事を続けておりました。

当町は少子化が進み、保育園も小中学校も一学年30人以下の編成が続きます。
いずれは1学年20人も割るかもしれない。

今、本当に人々が望むのは
子供を預けて働くための制度ではなく
安心して子を産み自分の手で育てられる制度であり
女性の社会進出と子育ては無関係ではないがイコールではなく
いささか乱暴ですが、この意味で新制度は的外れであると感じています。

人間が求めるもの、好むものは日々変化しますが
良くも悪くも変化の原動力となるのは「私欲」なので
社会には欲が渦巻き
ゆえに熟成しながら腐って行く運命はなかなか変えることができません。

経済では人々を救済することは絶対に出来ないと感じており
じゃあ宗教か?と言えばそう言い切れない部分も多く、世の中は単純ではない。
人は生きている間は苦労し続けるよう宿命づけられているようです。






震災に思う

震災、原発事故から3年がたちます。

原発のニュース見るたびに思うんだけど
放射線量を可視化できるメガネとかできないのかな

測定して、データ化して、画像処理すれば
モニターに色を付けたり数値で示したりできそうなものだけど
そんなに簡単じゃないか?

汚れている状況が
目で見えるようになれば
少なくとも一般の人は
簡単に「再稼働」とか言わなくなると思うんだけど

身の回りには
人の手でコントロールできないものが
まだまだたくさんあるので
というより
コントロールできないものばかりなので
我々はもう少し謙虚に日々を送らねばなりません

機械もの大好き

新しいカメラを購入しました.

年末からほしいほしいと思っていた機種があったのですが
県内のカメラ屋さんには在庫が無くお取り寄せしなければならない状態で
それも面倒なのでズルズルしていたわけで

先週
TOKYOへ行く用件があり
帰りに少し時間があったので、見るだけのつもりでショップに立ち寄ったら
すでにメーカーでは販売終了となっている世界2000台限定モデルを発見

見たら我慢できなくなって購入を即決
時間が無かったので値引き交渉はナシ
お金をもっていなかったので
暗証番号を忘れて使えていなかったカードで強引に決済し(サインで済むんですね)
これまた以前からほしかった標準ズームレンズDA☆16-50とセットで大人買いしてしまいました。

多機能すぎて使い方が良く分からない部分もあるのですが
目下のところ大満足。
あとは撮るだけなのですが
時間が無くて・・・


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新愛機PENTAX K3 プレミアムシルバーエディション
バッテリーグリップはかさばるので使用せず
ストラップは付属の限定品ではなく
あえて市販のチョットダサ目ものを使用

大人の崩し感を楽しんでいます。

もう少し様子を見よう

林君のことがあってから
自分はいったいどうなんだろうと
今更ながらに分析
雑に50年以上生きていると歪みがひどい

車はパワー重視で居住性も重要
出回っている台数が少なく地味目でそこそこのものが好み
外車はNG

仕事はノルマ優先で頑張るけど
基本的には嫌い

衣服にはこだわりなく無印良品が好き
ネクタイは嫌いでどうしても必要な時しか着用しない
総額5万円以上は身につけたくない

時間に追われるのが嫌で
腕時計は身につけないが
選手を追うためにストップウォッチは持っている

食べ物は
おいしいものをたくさん
寿司とステーキのヘビーローテーションOK
麺類・パスタも大好き
基本 嫌いなものはないけど
できればかぼちゃは避けたい

袖触れ合う程度の人の顔と名前はすぐ忘れてしまう(申し訳ない)
誰とでも話しはできるが
自分から話しかけることは少ない

酒は何週間も飲まなくても平気
むしろ飲みたくないが誘われればお付き合いは苦にならない

犬や猫やハムスター大好き
金魚や熱帯魚も好き

子どもは好きではない
大人もあまり好きでない

物や人に拘束されるのが嫌
できれば1人で居たい

待たされるのは嫌だけど
待たせるのは平気

読書もそこそこするがコミックのほうが好き
サンデー、マガジン、ジャンプを毎週欠かさず熟読

音楽はジャンルに関係なく何でも聞くが
カラオケは大嫌い

だまされるのは嫌いだが
だますのは大好き

策士だが
勝負師ではない

教えることは好きなようだが
教わることは嫌い

人と同じは嫌だけど
一人だけ違うと心細い

心身ともに不健康な気がしている
もしかしたら大人の発達障害かも

何とわがままで、雑な人生なのだろうと
改めて思ったが
今すぐに生き方を変えるエネルギーもないので
かなり後ろめたいが、もう少し様子を見ることにした。
寛容は大切だ。

と纏めようとしたら

また思いついてしまった
自分は許せるが
他人は許せない

あ~キリがない

涙とめどなく ハヤシくんの思い出①

もう2週間前になりますが
ハヤシ君のお葬式に参列しました
高校3年生
わずか17歳で他界されたわけですが
たぶんその人生は
筆者の55年をはるかに超える
濃密で哲学的なものであったと感じています

中学3年の秋から体調を崩し
高校進学後にサッカーを断念
もともと勉強は超優秀だったので
県下有数の進学校でもトップクラスの成績で
京大を目指していたようなのですが
最近は特に体調がすぐれず
4日の夜に突然自ら・・・

9月30日に県の森の人工芝グランドでトレーニングマッチをした時に
登校途中で上中と私を見つけてくれていたようで

家へ帰って『今日上中がサッカー頑張ってた。ウエハラさんも来ていた』と懐かしそうに話してくれたということで
「すぐ近くまで行っていたのに」「あの時彼の目線を感じられていれば」
と言う思いが今も頭から離れません

彼を悩ませていた病気は
絞扼性腸閉塞?の中でも希少で複雑な
1万人に一人と言われるような症例で
決め手となる対症療法が無く
入退院を繰り返していたということですが

周りにはつらそうな素振りや
思いつめた様子は一切見せることなく
いつも誰にも彼独特の穏やか笑みで接してくれていたということでした

サッカーはとても上手で
たしか彼が小学校4年の時に
筆者が監督をしていた木曽FCU12のトップチームに抜擢して
以後中学を卒業するまで密度の濃いお付き合いをさせていただきました
物静かであまり喋ることはなく
試合やトレーニング間にも分厚い本を読んでいた姿が昨日の事のように思い出されます

本当に賢い人で
見るモノ、聞くモノ、読むモノすべてをどんどん吸収していく感じで
筆者とはずいぶん歳が違うわけですが
色々教えられることが多かったと感じています

賢く 粘り強く 我慢強く
とてもとても強い彼が我慢できなかったのだから
病気と闘いながらの高校3年間の
そのつらさは想像を絶するものだったでしょう
よく頑張ったと思います

彼の最後の時にごく近いタイミングで
上中と筆者を意識の中に登場させていただいたことに感謝し
彼の静かながら鮮烈なメッセージを確かに受け取らせていただきました

いつまでも
思い出は美しく
そして悲しいものです

ご冥福をお祈り申し上げます。

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理不尽な運命に怒りを覚え
心の復元に大きなエネルギー使った二週間でした
最近になってようやく気持ちの整理がついて
すこし冷静に考えられるようになり
ふと気づけば
彼の思い出とともに
インスパイアーされたものがいっぱいあふれていました
機会を見てまたアップさせていただきます。
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