ueichiの雑記帖Ⅱ

サッカーを通して様々な人と関わる毎日をつれづれなるままに・・・

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余分なものが多すぎると思うこと

今、自分にとって何が一番重要なのだろう?大切なのだろう?と考えると
日常生活の概ね98%くらいは余分なものばかりで
社会一般で皆が一様に気にしている
地位や肩書き、貧富、年齢、性別、容姿などはもとより
思想、人種、国籍などもあまり意味のないことに思えます。

もちろんサッカーが上手い下手なんてどうでもいいことで

今、若い人たちが学ぶべきことは
混沌としてまるで暗闇のような現代社会でも、注意深く五感を働かすことが出来れば、いろいろな方法で正しく物事を把握できるということ。
差異を否定したり、同化を強制したりするのではなく、異なるものを肯定することで得られる豊かさを実感すること。

“見た目”はほとんど意味を持たず
見た目を基準にしたネガティヴな差別化は害になります。

真実は単純明快なので
それさえ見失わなければ安らかで豊かな日々を過ごすことができ
たぶん“大切なもの”の中に入っているサッカーもうまくなれると思うのです。

サッカーが上手くならないということは
余分な物たちにふり回されているということなのでしょう。
生活に(心の)豊かさを実感できないということは
余分なものに目がくらんでいるということなのでしょう。


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